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2012年2月26日 (日)

今フューチャーセンターが注目されている

フューチャーセンターとは、「組織(企業、政府、自治体など)が未来にかかわる戦略・政策の実践を目的に据え、当事者やステークホルダーが対話を通じて解決手段や新たなアイデアを発見・共有し、相互協力の下で実践するために設ける『場』である」(『幸せの小国 オランダの智慧』紺野登、PHP新書 p.205)。フューチャーセンターは、スウェーデン、オランダ、英国、デンマーク、フィンランド、イタリアのほか、香港、日本にも広がっている。

上記の紺野と共に、「Future Center Alliance Japan」 の創設に関わった野村恭彦(国際大学GLOCOM主幹研究員、K.I.T.虎ノ門大学院客員教授)が、ブログでフューチャーセンターについて詳しい解説をしている。
http://futurecenter.blog.fc2.com/blog-category-1.html 

ブログの中で、野村は、フューチャーセンターの原則を次の6つに集約している。

1.想いを持った人にとっての大切な問いから、すべてが始まる
2.新たな可能性を描くために、多様な人たちの知恵が一つの場に集まる
3.集まった人たちの関係性を大切にすることで、効果的に自発性を引き出す
4.そこでの共通経験やアクティブな学習により、新たなよりよい実践が創発される
5.あらゆるものをプロトタイピング(試作)する
6.質の高い対話が、これからの方向性やステップ、効果的なアクションを明らかにする

こうした場づくりをするための手法として、ワールドカフェ、OST、AI、フィッシュボウル、バックキャスト、シナリオプランニング、フューチャーサーチ、ユーザ観察、ブレインストーミングなどがあげられている。手法自体は、従来からあるものばかりだ。

技法自体の新鮮さではなく、多様な主体が集い、そこから集合知が創発されてゆくプロセスをどうファシリテートするかという暗黙知が、場づくりの鍵になりそうだ。最近、いくつかの会合でワールドカフェやワールドカフェ+アルファというような場づくりに関わったが、共通の社会的課題の解決のために、異分野の人々が深い対話をすることで、実に多くの「気づき」が得られるということを、自分でも実感している。

しかし、個々人の「気づき」だけでは、社会は簡単に変化しない。対話の場に居合わせた人々が、継続的に問題に向き合う、ゆるやかなネットワークを持続し、行動につなげるソーシャル・デザインが必要となるのではないか。

なんてことを考えながらネットを見ていたら、横浜・関内地区にフューチャーセンター「massmass」が稼働していることがわかった。
http://massmass.jp/

ウェブから、このフューチャーセンター「massmass」は、ソーシャルビジネスの普及を目的とする「コ・ワーキング・スペース」という印象を受けた。なかなか、おしゃれだ。

でも、よくよく考えてみると、既存の市民活動センターや公民館、図書館だって、ミッションをもち、多様な人々が集い、深い対話を上手にデザインすれば、フューチャーセンター的な機能をもつことだって可能なのではないか?(勿論、建築や備品などのファシリティー、場の使い勝手の善し悪しという問題はあるが…) 最後は、こうした場をつくる志とノウハウをもった「人」の存在という問題に帰着するように思えた。

う~ん。フューチャーセンターのプロセスの中にプロトタイピングというステージがあるが、やっぱり、応用演劇が、ここで生きてくるなぁー。場と人づくりと演劇。またまた考えることがでてきたなぁー。今日はこの辺で!

2012年2月18日 (土)

ウメサオタダオ展を見て

Rimg0382_4日本科学未来館で開催中の「ウメサオタダオ展」に行ってきた。国立民族学博物館の初代館長を務めた梅棹は、民族学にとどまらず、情報学や文化政策など、広範な学問分野を横断する「知」を生産した。「ウメサオタダオ展」では、梅棹が残した膨大な資料群の中から、海外で記したフィールドノーツやスケッチの一部(複製もあり)や、年表形式で辿るライフストーリーが展示されていた。http://www.miraikan.jst.go.jp/sp/umesaotadao/

僕も、若い頃、梅棹の『文明の生態史観』や『知的生産の技術』、『情報の文明学』などの著作を読み、様々な刺激を受けたものだ。京大カードを買ってきて、自分の知的発見をカードに記入したこともある。が、結局、長続きしなかった。梅棹が、好奇心をもって見つめる対象物を徹底的に記述しようとする知的エネルギー、及び、次々と新たな学問分野を渉猟していく「貪欲さ」は、尋常ならざるものがある。そのことは、彼が所属・設立に関わった学会の数の多さに表れている。

僕が梅棹の功績で注目したのは、小松左京らと共に創設した「未来学」という分野。そこにはすでに、バックキャスティング的な視点があるし、数十年、数百年という、非常に長い時間軸で物事を視ようとする姿勢が見られる。現在の日本社会は、短期的な業績にばかり目を奪われ、長期スパンで物事を展望することが難しくなっている。梅棹が活躍した時代には、深い学問的な知見をもとに、ダイナミックに歴史・世界を読み解き、未来を構想できる人材が、梅棹以外にも少なからず存在していたと感じるのは、僕だけだろうか。

また、梅棹は、パブリックな立場で政策研究を行う総合研究開発機構や、文化外交を担う国際交流基金の役割の重要性を的確に見通していた。NIRAの政策研究力が低下し、国際交流基金の事業の一部が事業仕訳で廃止されるなど、政策研究や国際文化交流の政策的な位置づけが弱まる時代になってみると、改めて、長期的な展望をもって政治に訴えかけていく研究者や文化人の存在のありがたみがわかるような気がした。

こんなことを考えていたら、急に、小松左京の『地球を考える対談集』を読みたくなってきた。さてさて、どこにしまったことやら? やっぱり、僕には、『知的生産の技術』を実践することは難しそうだ。

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