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2013年12月14日 (土)

2008年学習指導要領改定の舞台裏~文藝春秋のルポから~

2013年12月号の文芸春秋の中に、「ドキュメント現代官僚論5~文科省成長戦略を後押しする『教育改革』」と題する興味深いルポが載っている。筆者はノンフィクションライターの藤吉雅春氏。2000年代初頭のPISAショックの後、文科省官僚が、どのような危機意識を持ち、教育改革へと動いていったかを追うルポルタージュだ。

上記文春の記事は、全国学力テスト、大学改革、大阪の教育改革(改悪?)など多岐に及ぶが、今日は、その中から、「言語力育成をめぐる教育改革の流れ」に絞って内容を紹介したい。

【PISAショックから学習指導要領改定まで】
2000年代中盤に文科省初中局教育課程課長だった常盤豊(現・審議官)は、PISAが追求する学力とは、「対象を客観視し、熟考して独自の言葉で批評」する力であり、それを「キー・コンピテンシー」と表現していることを知る。しかし、「キー・コンピテンシー」を育むための具体的な方法を見つけられぬまま、数ヶ月が経過した。

そうした折、常盤豊は、文科省初中局教科調査官の菅正隆(現・大阪樟蔭女子大学教授)の仲介で、当時慶應義塾大学で言語学を教えていた大津由紀雄教授(現・明解大学教授)に会う機会を得る。大津は、小学校英語導入に反対の立場をとる言語学者の一人であるが、常盤は、そうした大津の見解を承知で、会合に臨む。常盤、菅、大津。英語教育に対する見解は三者三様だが、全員に共通した認識は、「言葉の力」の重要性だった。

その後、大津は、2006年に開かれた中教審の外国語専門部会のヒアリングの席で、「言語化」する力が思考力の土台になるという見解を述べる。これがきっかけで、常盤の頭の中に、PISAが定義する「キー・コンピテンシー」を伸ばすには、「言語化する能力」の育成が鍵になる、との発想が芽生え、次第に文科省内部で有力な見方になっていく。

中教審のヒアリングから数ヶ月後、常盤ら文科省の官僚は、「言語力育成協力者会議」を立ち上げた。ここには、大津由紀雄をはじめ、三森ゆりか(つくば言語技術教育研究所所長)など、言語教育の第一人者が複数参画していた。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/036/meibo/07061429.htm

同会議の報告内容をふまえ、2008年に改定された新・学習指導要領では、「言語力の育成」を重視する姿勢が明確に打ち出されることになった。

【以下はブログ管理者の感想】
上記会議の成果報告については下記ウェブに詳しい。注目すべきは、この会議の最終報告書が、2008年の学習指導要領の改定に大きな影響を及ぼしたことである。http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/036/shiryo/07081717/004.htm

例えば、クリティカル・リーディング(自分なりの判断や根拠に基づいて評価しながら情報を読み取ること)という方法が報告書に載っているが、「クリティカル」という言葉が、文科省が設置した検討会議の報告書に載ることだけでも、画期的なことではないかと思う。

また「指導方法」の中には次のような文章も見られる。
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○論理的思考は、例えば、「事実と意見との区別」や「判断と根拠」、「原因と結果」、「比較・対照」という観点から考えることができるので、こうした観点を基にして、国語と各教科等との分担や連携を図りつつ指導することが望ましい。

○例えば、国語科及び外国語科の読みの指導においては、文章を分析するだけでなく、自らの知識や経験に照らして文章の内容を評価し、自らの考えを表現する、いわば文章と対話するような指導をすることが望ましい。

○例えば、理科の観察の活動において、観察したことを基に説明するときに、「なぜ」という観点を補うよう指導することや、視点を変えて多面的・多角的に物事を見るように指導することが望ましい。
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2008年の学習指導要領の改定後、2009年に実施されたPISAにおいて、日本は読解力をV字回復させ、数学的リテラシーと科学リテラシーともに平均点を上げる結果となった(もっとも、一般に、教育政策変更の成果が現れるには10年はかかると言われており、2008年の学習指導要領改定と2009年のPISAの結果を一直線に結びつけることには、慎重になるべきだ。)

学習指導要領改定の評価については、長い時間軸の中で判断する必要があるが、ここで筆者が特筆したいことは、従来、クリティカル・シンキングの育成に前向きでなかった文科省が、クリティカル・リーディングや多角的な視点から物事を吟味する力の育成について肯定的にとらえるようになった(ように見える)という点だ。このことは、もっと声を大にしてよいと思う。

正直に言うと、2008年の学習指導要領の改定で、(言語力の育成がクローズアップされていることは知っていたが)何故「言語力育成」が急浮上したのかという背景については、無知であった。私の知らない間に、文科省初等中等教育局において、大きな地殻変動が起きていたのだ。

実は、藤吉雅春氏のルポには載っていないが、2008年には、教育課程をめぐるもう一つの大きな変化が起きていた。それは、「教育課程特例校制度」の導入だ。「教育課程特例校制度」とは、文部科学大臣の許可があれば、学習指導要領等の教育課程の基準によらない特別の教育課程の編成・実施が可能となる制度である。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokureikou/1284960.htm

学習指導要領等の教育課程の基準によらない特別の教育課程の編成・実施は、2008年3月までは構造改革特別区域研究開発学校設置事業として実施され、2008年4月以降は、文科省の認可により、学校独自の教育課程が編成できるようになった。2013年4月1日現在の実施校は、以下のとおり。http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2013/08/15/1284970_2.pdf

この制度を利用して、2010(平成22)年度から3年間、「ことばの時間」を設けた学校がある。それは、埼玉県熊谷市の熊谷南小学校である。毎週、「総合学習」のうち1時間を「ことばの時間」に充てるとともに、国語科と「ことばの時間」を統合再編。さらには、「ことば」力の育成という視点から、すべての教科内容を見直すという、実験的な取組をしていた。

すでに特例校申請期間が終了し、現在は「ことばの時間」は設けられていないが、3年間の実験期間を通じて、全教科において言語力育成を基盤に置く授業が定着したという。
●熊谷市立熊谷南小学校H25学校経営方針
http://www.kumagayaminami-e.ed.jp/hp-minami/yamada/h25torikumi.pdf

理科であれ社会であれ、いずれの教科においても、ことばが学力の基礎をなす。「言語」運用能力の質が、国語科以外の教科の学力にも大きな影響を及ぼすことが定説となっている今、熊谷市立熊谷南小学校の実践は、もっと注目されてよいのではないか。

文科省の合田哲雄(現・学術研究助成課長)は、ことばの運用能力が体育の授業にも変化をもたす実例として、「体育も言語活動です。飛び箱を飛べるようにするにはどうしたらよいか。飛べる子に頭の中でどうやって飛ぶか手順を論理的に考えさせて、それを客観的に言葉を使って人に説明させるのです。すると飛べる子がふえたという事例があります」と述べる。(上述ルポp.248)

「言語化」能力の育成を重視した、2008年の学習指導要領の改定が、10年後にどのような成果を生み出すのか? 今後も、定点観測を続ける必要がある。

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