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2019年9月15日 (日)

第8回「持ち寄り読書会」の記録

今回の読書会は、常連メンバー5人に加え、4名の新メンバー(プラス小1のお子さん)が参加。絵本、エッセイ、小説、まんが、実用書、心理学の本など、多彩な本が紹介されました。後半は、自費出版の現状や最近の若者(若いママたちも)の対人コミュニケーションの傾向などの話題で盛り上がりました。

●日時:2019年9月14日(土)16時~18時45分

●会場:ginkgo cafe 

●参加者(あいうえお順)

 大島さん、桑山さん、小山、、調(歩美)さん、調(伸子)さん、坪江さん、徳留さん、福丸さん、吉村さん

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紹介された本(時間順) 

福丸さん
『きみたちにおくるうた-むすめたちへの手紙』バラク・オバマ他(明石書店)
『横濱物語 聞き書き』小田豊二(集英社)

 桑山さん
Kingdom Come
『アダムス・ファミリー全集』チャールズ・アダムス他(河出書房新社)

坪江さん
『小説 天気の子』新海誠(角川文庫)
dreamDREAMの夢を見る』dreamほか(幻冬舎)

調(伸子)さん
『幸福の哲学-アドラー×古代ギリシアの智恵』岸見一郎(講談社現代新書) 
『もうモヤモヤしない! 気もちの伝え方』名越康文(日本図書センター)

調(歩美)さん
『重曹、お酢、クエン酸の使いこなしバイブル』岩尾明子(主婦の友)
『陰陽五行でわかる日本のならわし』長田なお(淡交社)

徳留さん
『売れない本にもドラマがある―ある小出版社の16年』柴田敬三(ほんの木)
『テニスプロはつらいよ-世界を飛び、超格差社会を闘う』井山夏生(光文社新書)

大島さん
『妻の体調』鏑木隼人(近代文藝社)

吉村さん
『最高のコーチは教えない』吉井理人(ディスカバリートエンティワン) 

小山
『ソーシャルアートラボ-地域と社会をひらく』九州大学ソーシャルアートラボ編(水曜社)
『コミュニケーションのレッスン-聞く・話す・交渉する』鴻上尚史(大和書房)

2019年7月22日 (月)

第7回「持ち寄り読書会」の記録

 第7回目の読書会は、新メンバー3名を含む10名が参加。初参加の女性2名は親子で、お子さんは高校生でした。前回と同様、あっという間に時間が経ち、時計の針が19時を回ったところでお開きとなりました。進行役の仕切りが悪く、最後のスピーカー(桑山さん)の話は、ちょっと時間不足でした。ごめんなさい。次回以降は、進行を工夫したいと思います。

 さて、今回は、プロジェクトチームメンバーの福丸さんが作成した「せやどこでも本棚プロジェクト」紹介パンフレットを参加者の皆さんに配布しました(写真は最下段)。

●日時:2019721日 16時~19

●会場:ginkgo cafe

●参加者(あいうえお順)
大石さん、大島さん、桑山さん、小山、新倉さん、福丸さん、福家さん、村田(瑛馨)さん、村田(広美)さん、吉村さん

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●紹介された本(時間順)

 福家さん
『自分の心をみつけるゲーテの言葉』(ナガオカ文庫)

大石さん
『むらさきのスカートの女』今村夏子(朝日新聞出版)

村田(広美)さん
Poupelle of chimney town』脚本&監督:にしのあきひろ(幻冬舎)
『いのちをいただく』内田美智子(西日本新聞社)

吉村さん
『ふしぎな たね』安野光雅(童話屋)
『ひだりとみぎ』安野光雅(福音館書店)

小山
『僕らの世界を作りかえる哲学の授業』土屋陽介(青春出版社)

大島さん
『無痛文明論』森岡正博(トランスビュー)

新倉さん
『孤独の意味も、女であることの味わい』三浦瑠璃(新潮社)

村田(瑛馨)さん
『横浜駅SF』杵刈湯葉(著)・田中達之 (イラスト)KADOKAWA

福丸さん
『読書の価値』森博嗣(NHK出版)
『風切る翼』木村裕一・黒田征太郎(講談社)

桑山さん
『城』カフカ(新潮文庫)
VISIONARIE N°19 BEAUTY(VISIONAIRE PUBLISHING

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2019年5月19日 (日)

『対話のことば~オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得』について

5月18日の読書会で、『対話のことば~オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得』という本を紹介する際にお話した「オープンダイアローグ」と「パターンランゲージ」という用語がわかりにくいという声があったので、解説記事を紹介します。

以下のリンクの解説を読むと、理解が進むのではないでしょうか。僕が紹介した『対話のことば~オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得』 は、オープンダイアローグやパターンランゲージの手法を熟知していなくても、十分に理解できる実践書です。

●オープンダイアローグって何?

ハフポスに投稿された保坂展人(世田谷区長)の解説記事です。
https://www.huffingtonpost.jp/nobuto-hosaka/open-dialogue_b_8635268.html

●パターンランゲージって何?

(株式会社クリエイティブシフト(CreativeShift Lab, Inc.)の記事。
http://creativeshift.co.jp/pattern-lang/

第6回「持ち寄り読書会」の記録

 今回の読書会も、本の紹介から、教育論や経営論など興味深い話に発展した。自分の興味・関心の範囲では決して出会えない本とめぐりあえること。そして、本を肴に話が脱線・発展していくスタイルが、この「持ちより読書会」の醍醐味だ。

 今回は、10人の参加者で話をしたが、あれよあれよという間に時間が経ち、気が付いたら時計の針が19時を指していた。実は、3時間の読書会だけでは飽き足らず、参加者のうち7人が、近所の中華食堂で2次会を開催。2時間ほどおじゃべりをして散会した。

 今後は、読書会の開催に加え、リブライズという仕組みを利用して、ネット上に地域の私設本棚の情報を発信していこう、という話題も出た。あせらず、でも、気持ちの乗った機会をとらえて、本棚のネット公開のプロジェクトに取り組んでみたいと思う。

リブライズとは
https://librize.com/ja

●日時:2019年5月18日 16時~19時

●会場:ginkgo cafe

●参加者(あいうえお順)

大島さん、川口さん、桑山さん、小山、新倉さん、平川さん、福丸さん、福家さん、古木さん、吉村さん

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●紹介された本(時間順)

(川口さん)
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』山口周(光文社新書)
『アート×テクノロジーの時代 社会を変革するクリエイティブ・ビジネス』宮津大輔(光文社新書)

(小山)
『こどものための博物館』染川香澄(岩波ブックレット)
『対話のことば~オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得』井庭崇・長井雅史(丸善出版)
*「オープンダイアローグ」と「パターンランゲージ」の解説記事
http://media-art.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-af3ca7.html 

(桑山さん)
『ピーター・パン』、『シンデレラ』、『ふしぎの国のアリス』メアリー・ブレア(講談社)

(平川さん)
『歳月』茨木のり子(花神社)
『あしたも、こはるびより』つばた英子・つばたしゅういち(主婦と生活社)

(大島さん)
『不登校児から見た世界』増井武士(有斐閣選書)
『サヨナラ、学校化社会』上野千鶴子(ちくま文庫)

(新倉さん)
『泣くな研修医』中山祐次郎(幻冬舎)
『愚行録』貫井徳郎(創元推理文庫)

(福家さん)
『教育とは何か』太田堯(岩波新書)

(古木さん)
『世界の日本人ジョーク集』早坂隆(中公新書ラクレ)
『頭がよくなるユダヤ人ジョーク集』烏賀陽 正弘(PHP新書)

(吉村さん)
『たくさんのふしぎ スウェーデンの変身する家族』深井せつ子(福音館書店)

(福丸さん)
『甲賀忍法帖』山田風太郎(角川文庫)
『バジリスク』山田風太郎 (原作), せがわまさき (漫画)(ヤングマガジンコミックス)

2013年5月20日 (月)

『国際日本の将来を考えて』を読んで

松山幸雄氏(元・朝日新聞論説主幹)が聞き手となり、松本重治氏(元国際文化会館理事長)の過去の業績について、本人、及び本人と親交の深かった知人にインタビューした内容をまとめた本。

61ow4duifpl__sl500_aa300_それにしても、中山素平(日本興行銀行特別顧問)、永井道雄(元文相)、ロベール・ギラン(仏・元ル・モンド紙東京特派員)、ロナルド・ドーア(元ロンドン大学教授)、エドウィン・ライシャワー(米・元駐日大使)など、松本の親交範囲の広さには舌を巻く。

これは1980年代に出版された本だが、松本の主張(外交や国際交流の考え方)は、2013年の現在でも通用する部分が少なくない。

例えば、

・民間レベルでの知的交流を息長く続け、二国間関係が緊張した時には、こうした人脈も駆使しながら外交問題の解決につなげる中長期かつ、マルチな視点を失わないこと。
・中国やロシアなどイデオロギーの異なる国であっても、国際交流を通じて知日派をつくること。
・外交官は、あまり短期間で交代をさせず、相手国に友人をつくるまで駐在させる人事制度を採用すること。

僕にとって耳寄りだったのは、1962年にアメリカ・ダートマス大学で開催された日米民間人円卓会議のこと。日本側の運営委員は、永井道雄、都留重人(経済学)、坂本義和(国際政治学)で、日本からの会議出席者は、松本をはじめ、東畑精一(農業経済学)、貝塚茂樹(中国史学)、大原総一郎(クラレ社長)ほか。米国側は、ロストウ、リースマン、シュレジンジャー、ボールディングほか。「うーん」と唸るようなメンバーだ。

後年、坂本義和が、「民際外交」というキーワードを長洲一ニ元神奈川県知事(故人)らと共に唱導するようになったきっかけは、もしかすると、日米民間人円卓会議の経験が脳裏にあったのかもしれない。少なくとも、坂本は、民間レベルの国際文化交流の大切さを、こうした経験を通じて培っていったのではないか?

日中関係、日米関係ともに必ずしも良好とは言えない今、松本のような人物が外交問題で活躍できたら、どんなに心強いことだろう。僕には、松本のような胆力も知力もないが、民間レベルの国際交流の推進に少しでも貢献できたらと思う。

2013年2月25日 (月)

『カリコリせんとや生まれけむ』会田誠・幻冬舎文庫を読む(メモ)

電車の中で会田誠の『カリコリせんとや生まれけむ』を読む。興味深い。発達障害の子どもの問題について、彼の妻、岡田裕子が書いている。小学校に入った、会田誠と岡田裕子の長男が、学校から“問題児”と見なされ、注意を受けたことがきっかけとなり、岡田裕子が発達障害の問題、そして子どもへの「まなざし」の向け方について、自問自答する様子が描かれている。(学校から、この子が発達障害の疑いがあるため病院に行った方がよいと勧められ、岡田の苦悶が始まる。)

医療機関が子どもに対して特定の障害名をつけることで、必要な支援が可視化されるという効用がある反面、“障害児”とカテゴライズすることで、その子の個性や長所を摘み取ってしまう危険性もある。教師的な眼差し(“正しさ”に向けて子どもを矯正していくベクトル)と、その子らしさを最大限尊重しようとする眼差し(福祉的な視点)のバランスをとることはそう簡単ではない。しかし、困難な試みではあるが、この背理の中で、親も教師も、迷いながら子どもと“格闘”していくしかないのだ。

それにしても、岡田裕子の文章は含蓄がある。以下少し長くなるが引用してみたい。

性格面で特徴が強かったり、集団行動が苦手だったりする児童は、他人に迷惑をかけることもしばしばで、時に教師や両親などに過剰に叱責されたり、体罰を受けたり、足並み揃えることを強要されることにより、『自分はダメな人間だ』的思考に陥り数々の悪循環を引き起こす場合が多々あるといわれている。LDとされる児童は指導が合わないことでどんどん勉強についていけず“落ちこぼれ”という評価を下され、ますますやる気を失い勉強がわからなくなってゆく。それについては、わたしたち大人が教育について充分に見つめなおし、柔軟な方法を考えてゆかなければならないだろう。ただ、そういった特性を持った子供たちを“早期療育”といった名の下に“障害”と診断を下し、普通学級から取り除いて籍を移し、集団から遠ざけてゆく新体制が、長い目で見て本当にその児童たちにとってプラスになると言い切れるのだろうか。確かに近視眼的に考えれば、その時期は揉め事も少なく、適切な指導も受けやすく健やかに成長するに適した環境かもしれない。でも、学校を卒業したら、みな等しく世知辛い社会に放り出される。真の社会性というものは、級友や先生とのかかわり合いの中で(時に理不尽を感じたり不快があったとしても)揉まれながら、模索しながら自己認識を構築してゆくものであるともいえるのではないだろうか。p.117-118

この文章の後、岡田は、夫の会田誠や、知り合いのアーティスト仲間の生育歴を披露しながら、彼らの幼少時は発達障害児のような行動をしていたものの、大人になった現在、それなりに社会を生きているという事実(fact)を述べる。さらにアーティストは、一般に、自由奔放で非常識と思われがちだが、実際には、多業種の人との打合せをこなし、展覧会の会場に合わせて作品の内容をコントロールするなど、結構高度な社会性を持ちあわせているのだと主張する。

最後に、ご子息の寅次郎君の希望で、普通級に通わせる決断をしたという顛末が綴られている。「あれかこれか」という結論を性急に出さず、迷い続ける母親の姿勢に、「あっぱれ」と言いたい。

上記以外にも、面白いエピソードが満載。オススメの一冊。

2013年2月24日 (日)

「モバイルミュージアム行動する博物館」西野嘉章著・平凡社を読んで(メモ)

僕がはじめて読んだ西野嘉章先生の本は、『博物館学~フランスの文化と戦略』東京大学出版会だった。その時は、それほど大きな刺激を受けなかった。しかし、昨年出版された『モバイルミュージアム 行動する博物館~21世紀の文化経済論』を読み、西野先生が日本のミュージアム事情と文化政策に詳しいことに驚いた。

西野先生と言えば、『西洋美術書誌考』に象徴されるように、美術史に関する膨大な知識を持つ博覧強記な人物という印象が強い。こんなに実践的な博物館政策に関する知識(だけでなく熱いハートも)をもっていたのかぁー、というのが正直な感想だ。しかし、よくよく西野先生の専門を調べてみると、博物館学という分野がちゃんと入っている。「西野嘉章=美術史研究」という僕の認識が偏っていたのだ。

以下、本の中から気になったところを引用しながら、短く印象を述べたい。

特に一番最初のパラグラフで西野さんが主張することは、英国シティ大学客員教授のジョン・ホールデン<DEMOS(英国の文化政策シンクタンク)元・文化政策部長>の提言と重なるところが大きいように思う。ジョン・ホールデンの「文化の価値をめぐるダイアグラム」理論については、2013年3月初旬に出版予定の『地域に生きるミュージアム』福原義春編・現代企画室(企画:かながわ国際交流財団)で紹介しているので、興味のある方はぜひ購入を検討してみてください(^^)。

●以下本からの抜粋とブログ運営者による短いコメント

【ミュージアム事業の評価手法】

ミュージアムが社会のなかにあってその本来的な使命を安定的に果たしてゆくにはどうしたらよいか。この問いに答える前に、学芸活動の「総事業価値」について考えて欲しい。「総事業価値」とは、ひとことで言うなら、ミュージアムが事業を通じて生み出す、社会教育上の価値の総量のことを指す。学芸活動の生産する価値は、学術的な価値から、教育的、経済的、社会的なそれまで多岐にわたるが、これらすべて包摂し、あるイベントが社会に対して与えた「インパクト」の大きさを、それの継続時間で積分した値が指標となる。ただし、ここに言う「インパクト」には、ミュージアムの企画展に足を運んだり、ミュージアムで実施する各種イベントや、ワークショップ、ボランティア、学術研究といった諸活動に参加したりする直接受容者に対するものと、各種メディアの提供する情報や印刷物を介して間接的にしか上記の活動に触れる機会のなかった間接受容者に対するものの、ふた通りを想定しなくてはならない。P.56-57

ミュージアムの学芸活動は、しかし、打ち上げ花火に近い特別展、閑古鳥の鳴く常設展だけに限らない。たとえば、モバイル展示のようなものはどうか。低予算で、小規模の事業。もとより社会的な「インパクト」は大きくはないが、中長期のスパンで継続できる。それを国内外各地で並行的に維持できたら、上に記した指標概念からすると、大規模企画展に負けぬ「総事業価値」をはじき出すことができる。そのことを実証してみせたのが、異業種ながらアマゾンのネット通販モデルであった。ミュージアムは、これまで、「テール」を見ずに「ヘッド」ばかりを狙ったきた。これからのミュージアムは、同時並行的に複数の「モバイルミュージアム」を循環させる、ネットワーク型で効率がよく、しかも資源消費の少ない小規模事業を、中期から長期にわたって維持継続させる「テール」型事業モデルにシフトし、「総事業価値」の拡大を図るべきなのではないだろうか。P.60-61

「ねぶた」は市内を引き回される台車の呼び名である。しかし、「ねぶた祭」は台車を制作し、それを活用する祭礼システムそのものである。理由はこうである。すなわち、青森市の「ねぶた」台車は市内を引き回されたのち、近隣の町に引き渡され、そこで規模を縮小した「町ねぶた」が実演される。そこが終わると、同様のプロセスを経て、さらに小さな村へ運ばれる。「村ねぶた」台車は、さらに在に運ばれ、最終的に祭礼用具としての使用価値を消費しきったのち、存在を消滅させる。ただし、毎年幾台も制作される「ねぶた」台車のなかで、有名な絵師になるもの、できのよいものは、「ねぶたの里」と呼ばれる保管施設で保存されることになる。要するに、市、町、村、在という共同体ネットワークのなかで、地域住民が制作を担い、役務を賄った造作物が、一方で用具としての使用価値がゼロになるまで活用され、他方でその地域の「文化資本」の年ごとの増加に寄与する、という仕掛けが成立しているのである。P.62-63

伝統的な祭りとして実施される文化イベントの経営論的バランスシートは、観光事業、伝統文化、技術継承、地域的アイデンティティなど、その行事全体の経済学として検証されなくてはならない。そのプロセス全体を見渡した上で、費用対効果が計られなければならない、そのことをこの事例は物語っている。P.64

ところで、ミュージアムにおける学芸事業のあり方はどうか。伝統的祭礼行事のような全体型システムが成立していると言えるであろうか。観光客を来館者に置き換えると、祭事も特別展も一過的な集客イベントであり、外形的にはよく似ている。しかし、ミュージアムの特別展には、上に紹介した祭礼行事が文化的価値交換システムとして有する、合理性はもとより、経済的な説得性がどこからも見えてこない。ミュージアムの関係者は、しばしば予算のことを口にするが、日々の活動における予算執行がはたして妥当性をもつものなか、そのことを真剣に検討しているのか、あらめて問うてみたい。ここに言う「妥当性」とは、会計法的ない意味での適法性という意味ではない。そうではなくて、限られた予算のなかで、公益性が、費用対効果という面から見て、最大限に追求されているか、コレクションの増大が見込まれているか、そうしたことが問われなければならないのである。p.64-65


■この指摘は少々耳が痛い。かつて、某学習・文化施設で、市民活動資料のデジタル・アーカイブ事業を立ちあげるべく、システムづくりをした経験があるが、この事業が、その地域の公益性にどのように貢献するのかについて、十分な説明をしてきたかと言えば、あまり自信がない。社会教育や文化政策に関心のある人には、この事業の意義についてプレゼンする機会を何度か持ったものの、アーカイブズ的なものに関心のない人々に対して、十分な説明をしてきたかと言えば、「はい」とは言いきれない。反省(^^ゞ。

現在の企画展のあり方に費用対効果の面があると断じたのは、「イベントの経済学」に縛られ過ぎており、「総事業価値の経済学」という視点が欠けているからである。前者は、企画展の実施を、閉じられた一個の予算枠内で考える視点。すなわち、企画展事業について、いくらの予算を投入し、来館者数がどれほどで、入場料とグッズ販売でどれほどの収入があったのか、という短観的な視点でバランスシートを閉じようとする。ここには、消費型事業に関する帳尻合わせがあっても、伝統文化の継承、技術力の維持、公益性への寄与といった視点が欠落している。それに対して後者は。企画展の実施を、より大きな時系列的システム全体のなかのひとつとしてのイベントとして捉え、中長期スパンにわたる、時間枠的にも活動域的にも、より拡張されたバランスシートの上で吟味しようとする。企画展を、それ以外のミュージアムの様々な活動と結節させ、そのシステム全体の経済学という観点から顧みる視点。そうしたシステム経済学的な視点を導入すると、展覧会の実施コストという概念のなかから、また別の側面が見えてくる。P.65

■行政コスト計算やCS調査など、2000年代中盤くらいに流行した行政経営評価の手法だけでは、ミュージアムの価値は測れないということである。企画展毎の入場者数や単年度の収入・支出という金額だけに着目するのではなく、長期的なスパンの中で、ミュージアムが社会に与えたインパクトの総量をもって事業価値を評価すべし、ということだと思う。ただ、従来のように「文化には金がかかる」「ミュージアムの価値は目に見えない」という抽象論ではなく、「総事業価値」というアイデアのもと、公益への貢献を何らかの形で可視化しようというところが、西野さんの新しい主張だ。

【ミドルヤードというアイデア】

最後が「ミドルヤード」である。これまでのミュージアム施設は、その公開性の程度に応じて、フロンドヤードとバックヤードに大別されてきた。ならば、その中間域に「ミドルヤード」を加えてみたらどうか。バックヤードに位置づけられてきた研究機能とフロンドヤードに位置づけられてきたワークショップ機能が、相互浸透する併用スペース。その曖昧な「間」をどう生かせるかという試みである。先述の「マクロ先端研究発信オープンラボ」構想が、まさにこの具体例となる。大学で推進されている高度な研究の現場と、それを基盤として支える学術標本の収蔵スペースに、専門研究者や大学・院生だけでなく、初等中等高等学校の生徒を誘い、「複合教育プログラム」を実施しようとする企画である。

ニ○○八年七月に開催された企画展示「UMUTオープンラボ――建築模型の博物都市」は、「ミドルヤード」の機能を具体的に例証してみせる場となった。展示予算なしという最悪の条件が課せられたため、学生の力を活用することになった。建築を専攻する学内外の学生や院生に、世界の有名建築の縮体模型を作らせ、それらを並べて見せるというのが、展示の趣旨である。準備に半年近くを費やしたが、当初用意できた模型は、百台にも満たなかった。しかし、展示が始まってからも、会場の一角に「オープンラボ」が設えられ、そこに用意された作業台で、制作作業が続けられた。会期終了時には百五十台ほどの模型に仕上がり、それらで会場を埋め尽くした。この展覧会は、結果的に、展示をおこないつつ、コレクションの充実を測る、一石二鳥の試みとなった。そればかりか、そこで制作された建築模型は、その後、「モバイルミュージアム」のコンテンツとしても活用されている。要するに、一石三鳥になった、というわけである。P.148-149

大学生と子供が、展示会場に設えられた「オープンラボ」で一緒に作業する。こうした形式のワークショップでは、教える側と教わる側が、役割の入れ替えゲームを演じることになる。(中略)この入れ替えゲームの参加者は、学童から小学校教員、大学生・院生、研究者、大学教員、ボランティア、一般社会人まで幅広い。「オープンラボ」は、年齢、履歴、スキル、専門の隔てを超えて、知識や技術がやり取りされる場である。それこそ、われわれが「複合教育プログラム」という言葉を使う所以である。ミュージアムは、そうした場を用意できる。逆に言うと、そうした場を用意できるのは、ミュージアムしかないということである。p.150

【分野横断型のミュージアムのあり方】

これまで、博物館、美術館、文書館、資料館など、広義の意味でミュージアムとみなされる公共文化施設は、歴史や自然、芸術、科学、技術など、専門分野や個別領域で縦割りに系列されてきた。それら専門個別に特化された存在様態は、学術研究や展示活動など、施設の管理運営や人員の組織整備の面で、なるほど効率的であった。しかし、企画の構想や展示の手法が個々の領域内に自閉する方向に傾きがちで、ミュージアム概念それ自体を陳腐化させる要因でもあった。「インターメディアテク」が従来のミュージアムと一線を画する所以は、常設展や企画展の実現、コレクションの収集や研究、鑑賞機会の提供を、学芸事業の究極的な到達目標とするのではなく、常設展や企画展の会場、あるいはコレクションの収蔵展示の空間を、多様な表現メディアが出合いを演じる「舞台」なして「背景」と位置づけようとしているからである。p.175

■なかなか面白い発想だ。しかし、実現するのは容易ではない。複数のミュージアムを物理的に1館に集約・統合するという発想ではなく、まずは、MLA(博物館、図書館、文書館)が連携し、デジタル・アーカイブズの仕組みをつくるというプロジェクトに着手し、徐々に施設間の共有部分を広げていったらどうか。コスト削減のために社会教育施設を統廃合するのではなく、施設の事業効果を最大化するために施設間の壁を融解し、新しい価値をつくりだす作戦を、外部の団体を含めてみんなで考えていくのは、楽しい企てとなるのではないか!

2013年2月18日 (月)

「怒りのソウル・日本以上の『格差社会』を生きる韓国」を読んで

「怒りのソウル・日本以上の『格差社会』を生きる韓国」雨宮処凛、金曜日、2008年。5年ほど前の本。タイトルが気になって読んだ。
http://www.kinyobi.co.jp/publish/publish_detail.php?no=426

雨宮によれば、韓国の非正規労働者は、全体の約50%。賃金も、正規労働者の半分だという。中でも、20代の非正規労働者の割合は、90%に達し、「88ウオン世代」と呼ばれる。「88ウオン」とは、20代の非正規雇用者の平均賃金で、日本円にして8万8千円程度。

韓国の大学進学率は80%を超えており、高学歴者が多いものの、大学を卒業してもなかなか正規の職につけない現実がある。公務員の志願者が多く、地方公務員試験の競争率は約100倍といわれる。20代の5%しか、大企業や官公庁に就職できないらしい。

韓国が、このような凄まじい競争社会・格差社会になってしまった背景に、1997年の経済危機の直後にIMFの緊急融資を受けたことがあると言われる。IMFは、融資の条件として韓国政府に対して構造改革を要求し、その結果、労働市場の規制緩和を進める2つの法律(=労働者派遣法・整理解雇法)が1998年に成立。この政策がワーキングプア発生の原因になったのだという。

日本と同様、韓国でも、20代の死因の第1位は自殺だそうだ。大学を出ても正規職にありつけない若者の絶望感が背景にあるのではないか? 気になって、各国の自殺率を調べてみたら、現在、自殺率のトップはリトアニアで、韓国は世界第2位。とはいえ、リトアニアと韓国のそれは僅差であり、韓国の自殺率が世界トップクラスであることに変わりはない。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2770.html

こうした厳しい格差社会の中で、オルタナティブな生き方を模索する社会運動が生まれてきているようだ。雨宮は本の中で二つの事例を取り上げる。

一つは、アーティスト集団「芸術の都市社会研究所」による、Squatting(空き家の“違法”占拠)だ。リーダーは、金江(キムガン)で、パリに留学経験のある女性。パリ留学の際にSquattingに興味を持ち、帰国後、韓国初のSquattingを行う。数年間未使用のまま放置されていた「芸術人会館」という建物を一時的に占拠したのだ。この企てはすぐに中止に追い込まれたが、周到に計画された彼女たちの試み(事前に弁護士に相談し、マスコミに事前に通報)は、社会にセンセーションを巻き起こしたという。

二つ目の例は、研究空間「スユ+ノモ」。「研究者たちが共同で立ち上げた研究と共同生活のためのコミューン的な場所」だ。約60人の正会員と200~300人のセミナー会員の会費で運営される組織で、会員には大学の非常勤職員やフリーターがなっているらしい。場所はソウル市内のビルの一角にあり、教室のほか、大講義室、ヨガ室、厨房、カフェ、育児室を備える。会員が食べる食材は、知り合いの農村コミュニティから無料で送ってもらうという(贈与経済)。

雨宮は、「スユ+ノモ」を「老若男女が集まり、御飯を食べたり講義を聞いたり勉強会を開いたり話し合ったり、かと思えば子どもが遊んでいたり昼寝をしたりヨガをしたり、そんな目の前の『ごった煮』な空間が、奇跡的なことのように思えた」と描写する。

また、「スユ+ノモ」の酋長の高(コ)は、雨宮の質問に答えて、「資本主義社会の中で苦しめられている人たちに、そういう外部が作れるということを気づかせ、そういう生き方ができるように触発することが私たちの課題、目標であると言えます」と語る。

「スユ+ノモ」をめぐる雨宮の文章と高(コ)の語りを読みながら、トランジション・タウン、そして「芝の家」を連想した。
●トランジション・タウン
●芝の家

2013年1月 6日 (日)

『ラーメンと愛国』速水健朗著(講談社現代新書)を読んで

正月に、好物のラーメンを題材にした本を読んだ。
太平洋戦争後、パンが学校給食の主食となった背景に、米国の余剰小麦の輸出戦略があったという話は、広く知られている。しかし、日清食品の創業者、安藤百福が、パン以外の小麦の用途として麺食に着目し、「チキンラーメン」を発明して全国に普及させていった経緯を知る人は少ないのではないか。

チキンラーメンが誕生した1958年、僕は生まれた。幼少期を過ごした1960年代は日本全体がまだ貧しく、イチゴなどの果物は日常食として食するには高価だった。こういう時代に、安藤百福は、チキンラーメンの量産体制を整備し、テレビCMを介して、“工業製品としてのラーメン”を普及させることに成功する。

チキンラーメンの成功の裏には大量生産の技術があったが、その生産技術を日本に導入・普及させるうえで多大な貢献を果たしたのが、1947年、米国から派遣された統計学者のデミング博士である。博士は、日本の統計学の指導ために来日したのであるが、国内の経営者たちに品質管理を含む経営学を伝授することにも熱心に取り組んだ。博士の薫陶を受けた人々が、短期間で日本の生産技術を飛躍的に向上させたという。

1970年代になると、田中角栄の『日本列島改造論』をベースに公共事業による地域開発が進み、全国の景観が均質化していく。こうした動きに対して、地域独自の名物を観光事業の起爆剤にしようとする動きが起きてくる。喜多方ラーメンに代表される「ご当地ラーメン」も、そうした動きの一つと言える。一部店舗で提供されたメニューが、その土地を代表する「郷土食」であるかのような装飾を纏って売り出され、観光事業の目玉となる。

これについて筆者は以下のように述べる。
ご当地ラーメンは、地域の特産物や風土に時間をかけて馴染むことで生まれたわけではない。あるとき、変わったメニューを出したラーメン屋にスポットが当たり、その店がメディアなどで知られるようになることで、観光客がやってくる。そして、地域の観光化にともない、周囲の店が右に倣えで同じメニューを提供するようになる。これがご当地ラーメンが生まれる経緯だ。p.150

そして、食文化史研究家の岡田哲の推論をふまえて以下のように述べる。
北海道の札幌ラーメンと九州の博多ラーメンは、それぞれ別のルートで中国の北方、南方から伝わり、別々に進化した食べものだというのである。(中略)札幌ラーメンと博多ラーメンは、「ラーメン」という標準語が生まれたとき、同じ料理のバリエーションであるという都合のいい書き換えが行われただけで、本来は別のルーツを持つ別の料理である可能性が高いのだ。p.152

続いて筆者は、ベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』の理論(共通の言語が、国民意識を醸成する)を援用しながら次のように述べる。
我々は、ラーメンという共通の食文化を持つ民族であり、ラーメンを愛する同じ日本人であるという共通の意識をもっている。つまり、チキンラーメンのCMによって「ラーメン」という「共通語」「国語」が生まれて以降、日本人はラーメンを通して国民意識を形成しているのだ。(中略)これを、アンダーソン風にネーミングするなら、「味覚の共同体」とでも言ったところだろうか。p.155

うーむ。この本には教えられることが多いが、アンダーソンの『想像の共同体』から、いきなり、「ラーメンを通して国民意識を形成しているのだ」と言い切ってしまうのは、少々飛躍し過ぎではいないだろうか。

さて、ご当地ラーメンブームにのって生まれてきたのが、「ラーメン通」と呼ばる一群の人々である。そして、彼らの豊富な知識を活用しつつ生まれたのが、1994年に新横浜に誕生した「新横浜ラーメン博物館」である。筆者は、当該博物館の役割を次のように述べる。
ラーメン博物館は、ご当地ラーメンという物語を収集し、それを歴史として確定する役割を果たす。それは、言い換えるなら、単なる“地方のラーメン”を“ご当地ラーメン”という魅力的な歴史大系に組み込み、別の価値を生み出すということである。ご当地(郷土)ラーメンとは、日本の豊かな自然に根ざした食文化や、土地固有の歴史や風物が織り込まれた土地それぞれの個性的なラーメンが存在するという物語だ。(中略)歴史とのつながりが一旦切り離されてしまった現代において、ラーメンは、再び魅力ある日本の歴史や伝統を語る材料になった。その物語を紡ぎ、大きな流れをつくった存在として、ラーメン博物館の存在と功績は評価されるべきものである。pp.180-181

1990年代に入ると、テレビ局がラーメンをテーマにした番組を好んで制作するようになり、その中から、スターが生まれてくる。環状7号線沿いの「なんでんかんでん」の店主・川原ひろし、『ガチンコ!ラーメン道』で指南役となった佐野実(支那そばや店主)らは、テレビというメディアが生み出した有名人だ。この時期、『ガチンコ・ラーメン道』等の番組を通じて、ラーメン作りが職人芸に支えられる匠の世界であるとの神話がつくられていく。

「ラーメン道」という精神文化(?)がメディアを通じて国民に浸透するのと同時並行で、ラーメン店内部には、ある変化が起きていた。1980年代まで、ラーメン店の店主や店員は、白いコックスーツや中華風エプロンを身にまとっていた。それが、1990年以降になると、店主らは、頭にバンダナやタオルを巻き、作務衣もしくは手書き漢字をプリントしたTシャツを着るようになる。筆者によれば、ラーメン店の店主らが作務衣を着るイメージが一般化するきっかけをつくったのは、おそらく「博多一風堂」創業者の河原成美であるという。さらに、1990年代に始まったラーメンの変革は、ラーメンという名称そのものにも及ぶ。最近は、ラーメンという呼称の代わりに、「麺屋」「麺家」など「麺」という漢字をあてる店が圧倒的に多くなっているという。

最後に、中華そばからスタートした「ラーメン」が、1990年代以降、「和=日本の伝統」と結びつきを強めるようになった背景について筆者は次にように述べる。
歴史とのつながりが一旦切り離されてしまった現代において、ラーメンが、再び魅力ある日本の歴史や伝統を呼び起こそうという意識の媒介者となっていることは否定できない。固有の風土や特産物を反映するものだとする「ご当地ラーメン」という物語、大量生産ではない職人の匠が再評価されるラーメン職人の世界、復活した近代以前の風習であるのれん分け制度等々といった、日本社会が一旦は捨てたはずのさまざまな伝統や制度が、再びラーメンの世界に浮上してきているように見える。p.262

ラーメンとナショナリズムの関係に関する記述については、少々牽強付会な論理展開も見られるが、ラーメンをめぐる薀蓄話には、ラーメン愛好家以外の読者もきっと興味を唆られると思う。

2012年12月12日 (水)

『コミュニティデザインの時代』山崎亮著を読んで(メモ)

今、注目のコミュニティづくりの専門家の最新作。http://www.chuko.co.jp/shinsho/2012/09/102184.html

沢山学ぶことがあったが、その中から、心に残ったパラグラフを引用しておきたい。
○「ひたすら話を聴くこと」の効用(p.184)
「3時間の間、その人が話すことをずっと聴き、適度に相槌を打ったりしてどんどん話を聴きだした。数週間後にその地域に行って他の人に話を聴いたところ、その高齢者が『あの山崎とかいう男は優秀なやつだ』といって回っているという。」

今の時代が要求するコミュニケーション力というと、相手を巧みに説得するプレゼン(自己表出)力が重視される。しかし、本当に大事なコミュニケーション力とは、相手の微かな声(VOICE)に耳を傾けることではないか。小学校から大学、社会人まで、プレゼン力の養成が流行しているが、「聴き、交響する」場をつくることが、コミュニケーションデザインの基本ではないかと思う。
以下、この本で記録しておきたい部分を備忘録的にまとめてみた。
○コミュニティデザインの変化(p.115)
★コミュニティデザイン1.0
1960年~1970年代頃に盛んだったニュータウンの住宅デザインなど、ハード整備によってコミュニティをつくり出すという発想。ドイツの建築家ワルター・グロピウスの「コミュニティの再建」という論文が影響を与えたらしい。1960年代以降の日本のニュータウン開発時に、「コミュニティセンター」「コミュニティプラザ」が併設された。
★コミュニティデザイン2.0
「公共施設のデザインは、将来その施設を使う住民とともに考えるべきではないか」をモットーに、1980年代から始まった動き。代表的な理論家として、ローレンス・ハルプリン、チャールズ・ムーア、ヘンリー・サノフなどがいる。この頃、ワークショップという言葉が日本に紹介されると同時に、「まちづくり」という言葉が流行し始める。こういう手法に「コミュニティデザイン」という呼び名を与えたのが、ランドスケープデザイナーのランドルフ・T・ヘスターだった『まちづくりの方法と技術』(現代企画室)。
★コミュニティデザイン3.0
「第3のコミュニティデザインは、ハード整備を前提としないものであり、第1や第2のコミュニティデザインが掲げてきた目標と同じく、コミュニティ=人とのつながりをつくるための手法だといえる」。「コミュニティエンパワーメント」や「コミュニティオーガニゼーション」「コミュニティワーク」「コミュニティディベロップメント」に近い手法。
そういえば、ヘンリー・サノフの翻訳本が、自宅のどっかにあったなー。言葉は何であれ、コミュニティを住民とともに創るプロフェッショナルが求められている。しかも、飯が食えないといけないのだ。今後も、「コミュニティオーガニゼーション」を担う人材養成につて、模索していきたい。
○プランド・ハプンスタンス理論とは?(p.223)
スタンフォード大学・クランボルツ教授が提唱する「幸運な偶然がおきやすくなるような行動というのがあり、そんな行動を支える基本的な考え方」。それには、「好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心」の5つが不可欠であるという。
○コミュニティデザインに求められる能力(p.227)
・話す(司会進行や講座を担当する)
・書く(議事録や記事や論文などを適切な文章表現で書く)
・描く(図面やスケッチやイラストをササッと描く)
・調べる(適切な事例や地域の資源をすばやく見つけ出す)
・引き出す(対話の中で相手のやる気や想いや意見を引き出す)
・創る(様々な情報を統合化してビジョンや企画を生み出す)
・作る(Webページ、冊子、家具などをデザインしたり組み立てたりする)
・組織化する(人々の特徴を把握して自律的なコミュニティを組織化する)
・まとめる(様々な事象を構造化して報告書等にまとめる)
・数える(スケジュール・予算管理)
僕に一番欠けているのは、やはり、「数える」の部分だ。ソロバンがうまくハジケない。
○シークレットフレンドという技法(p.192)
「シークレットフレンドとは、隠れてサポートする友達」。活動をするなかで困ったことや落ち込んだりする場合に、何気なくその人を支える人を決めておき、プロジェクトが終了した時点で、誰がシークレットフレンドかを明かすという技法。
以前、ワークショップの技法紹介の本を数人のメンバーで作ったことがあるが、この本を読むまで、こんな技法があることを知らなかった。世界には、本当に様々なやり方がある。