無料ブログはココログ

2013年5月20日 (月)

『国際日本の将来を考えて』を読んで

松山幸雄氏(元・朝日新聞論説主幹)が聞き手となり、松本重治氏(元国際文化会館理事長)の過去の業績について、本人、及び本人と親交の深かった知人にインタビューした内容をまとめた本。

61ow4duifpl__sl500_aa300_それにしても、中山素平(日本興行銀行特別顧問)、永井道雄(元文相)、ロベール・ギラン(仏・元ル・モンド紙東京特派員)、ロナルド・ドーア(元ロンドン大学教授)、エドウィン・ライシャワー(米・元駐日大使)など、松本の親交範囲の広さには舌を巻く。

これは1980年代に出版された本だが、松本の主張(外交や国際交流の考え方)は、2013年の現在でも通用する部分が少なくない。

例えば、

・民間レベルでの知的交流を息長く続け、二国間関係が緊張した時には、こうした人脈も駆使しながら外交問題の解決につなげる中長期かつ、マルチな視点を失わないこと。
・中国やロシアなどイデオロギーの異なる国であっても、国際交流を通じて知日派をつくること。
・外交官は、あまり短期間で交代をさせず、相手国に友人をつくるまで駐在させる人事制度を採用すること。

僕にとって耳寄りだったのは、1962年にアメリカ・ダートマス大学で開催された日米民間人円卓会議のこと。日本側の運営委員は、永井道雄、都留重人(経済学)、坂本義和(国際政治学)で、日本からの会議出席者は、松本をはじめ、東畑精一(農業経済学)、貝塚茂樹(中国史学)、大原総一郎(クラレ社長)ほか。米国側は、ロストウ、リースマン、シュレジンジャー、ボールディングほか。「うーん」と唸るようなメンバーだ。

後年、坂本義和が、「民際外交」というキーワードを長洲一ニ元神奈川県知事(故人)らと共に唱導するようになったきっかけは、もしかすると、日米民間人円卓会議の経験が脳裏にあったのかもしれない。少なくとも、坂本は、民間レベルの国際文化交流の大切さを、こうした経験を通じて培っていったのではないか?

日中関係、日米関係ともに必ずしも良好とは言えない今、松本のような人物が外交問題で活躍できたら、どんなに心強いことだろう。僕には、松本のような胆力も知力もないが、民間レベルの国際交流の推進に少しでも貢献できたらと思う。